2022年に見た映画 その2

続きを書くような締め方の前記事から10日ほど時が過ぎ、年を越し、七草粥も超え…まあ続きを書きます。あ、あけましておめでとうございます。遅いよ。

シン・ウルトラマン

まずど初っ端、シンゴジラが崩れてシンウルトラマンのタイトルロゴになるのに苦笑。
ウルトラQのシークエンスは本当にいいとおもう。高速で訳が分からんが。
ネロンガ戦で光の巨人が接近してきたり神永さんが外出ちゃったりしたあたりで、たぶん私はこの映画に振り落とされて迷子になった。

このアクシデント以前の神永さんの性格がわからないこと、このアクシデント自体で何が起こったのか分かりにくいこと、とどめに、この後神永とメインで会話したりバディがどうのという話をするのが神永と初対面の浅見だったことだと思う。「何が神永に起こったのか」を確認するのが以前の姿を知らない人間では、何か変わったのかこちらにも伝わってこない。

そんなわけで、神永とウルトラマンの関係がなんだかわからんまま続きを見ることになるわけですが…
ザラブ星人では「なんか妙に薄っぺらい頭(物理的に)だな…」とか、日本政府チョロ過ぎやしねえか(シンゴジのあの人とかあの人もいるのに!)とかを、心中なんだかよくわからんのまま眺めることとなりました。

巨大フジ隊員(浅見)周りは……とにかく品がなさすぎて辛い(これが川崎実監督作品とかだったら誰も文句言わんのだが)。
元のサイズに戻って「なんで私酔ってもないのにブルーシートで寝てるの!?」などと大変に説明的なセリフをかまし、ネットにアップされてる動画やら消してもらって「よっしゃー!!」と、何の得にもなっていないのに大喜びする様などは、見ていてしんどかったです。これがアニメだったら勢いで笑わせられるところなのかもしれないけど、実写でこのキャラは痛々しすぎる。

ラストバトルの安さは失笑ものだろう。ウルトラマンの人形が掃除機に吸い込まれないように頑張ってるみたいな映像の盛り上がらなさは酷い。ゼットンがCG丸出しとかそういうのはまあいいんですが、ウルトラマン側の描写がとにかく安くて軽くて、見てて恥ずかしくなってくる。
「宇宙人ゾーフィ」というマニアックなネタをやるよりも、もっと大事なことがあると思うのだ。

メフィラスは多分この映画で一番ウケた部分なんだろう。「私の好きな言葉です」は、出た瞬間に「ついったーとかで流行っちゃうんだろうね…」と思ってたらまあ案の定で、公式も使いまくっていて、あーあ、やっぱりなあ…と思いました。
同じようなところだと、ヤケになった滝がストロングゼロ持参で出社するシーンというものがあります。ついったー映えするんでしょうね、ああいうあけすけなの。

と、色々書きなぐってきましたが、これらの要素はある意味どうでもいいことではあるのです。
一番この映画できつかったのは、映画を見た翌日・翌々日くらいになってやっと気づいたことで、「どうやら私はこの映画を見ている間中、まったく感情を動かされてなかった」ということです。「楽しい!」と思えたのが最初のウルトラQのシーンくらいで、それ以降は見ていて楽しさや興奮といったものをまったく感じませんでした。
まさか自分が怪獣映画でそんな感想を抱くとはなかなか信じられなくて、この結論に落ち着くまでずいぶん時間がかかりました。つらいねえ…

トップガン・マーヴェリック

公開開始されたのにも気づかないほどノーマークの映画でした。
ただ、見た人のSNSでの評判がめちゃくちゃに良かったんですよ。「これはスターウォーズの『デススター破壊作戦』の現代版だ!!」とかそういう感じで。
ちょっとでも見たいと思ったら見に行っちゃおうかなーとぼんやり考えてた頃なので、Prime Videoで前作「トップガン」を軽く予習してから見に行きました。ちなみに吹替版。なんなんだあの声。

「エースコンバットやんけ!!」というのがまず思ったところです。作戦のブリーフィングの映像がモロにエスコンなんですよ。
エスコンなのはブリーフィングだけではなく、作戦内容自体もソレそのもので、「上空を飛ぶと敵地上部隊の誘導ミサイルにやられるので、見つからないように細い谷の間を抜けて飛ぶ」とか、エスコンのミッションで何度やらされたかわからんくらいのお馴染みのアレですよ。

ミッション達成に向けて後輩を指導しながらも、カワサキのNinja H2Rをノーヘルで乗り回したり、砂浜でスポーツやって遊んだり、ヨットの修理に駆り出されたり、間男して相手の娘に見つかったりと、マーヴェリック(トム・クルーズ)は楽しそうです。
間男シーンなんて一歩間違えたら黄昏流星群とかドロドロ展開待ったなしのはずなんですが、それをなんだか爽やかに描いてしまうあたりは監督の力量なのか、トムがすごいのか。

しかしながらこの映画で一番スゴいのは、ミッション完了後に敵基地のアレをアレして帰還してしまうことでしょう。ストーリーからしても、設定の整合性からしても、あんな展開になることは明らかにおかしいんですが、でも制作側(主にトムだろう)はあのシーンを作りたいし見せたい。客は客で「この展開を見たかったんだ!」と喜んで楽しんでしまう。
久々にとてもよく出来た「映画ならではのウソ」を見ることができした。

メタモルフォーゼの縁側

親子以上に年の離れた2人の友情。オタクの習性。オタク気質の人間ゆえの葛藤。頑張ったが最後に勇気が出なくてダメ。ダメんなってるところに来て微妙に救ってくれる幼馴染み。
などなど…
年の離れた友情の礎になるのが「ボーイズラブ(BL)」というのがこの映画のキャッチーなところですが、実はこの要素は他の趣味に変えてもそれほど違和感無く話は成立するのだと思います。
ただ、あまり大っぴらにできない趣味の存在が主人公(うらら)の性格を内向的に変えているのは確かだし、同好の士(雪さん)を見つけた途端に、大量のおすすめ作品を持ち込み、早口でおすすめ作品のプレゼンをおっぱじめる、おっぱじめてしまううららの姿にはシンパシーと若干の頭痛を覚えます(思い出し恥ずかし)

このジャンルが好きすぎて、自分が作品を作る側になるなんて無理だと決めてかかっているうららですが、雪さんや印刷屋さんなど、色々な周囲の励ましなどもあって、ようやく自分の作品を作り上げます。
しかし、最後の最後で勇気が出なくて……というこのシーンは、ほんのちょっとしたことではあるんだけど、あまりにも生々しいリアルな「勇気の出なさ」「心の折れ方」で、叫び声を上げたくなります。

まあ、地味な映画であるとは思います。ストーリーも演出もおおよそ派手なところはありません。ですが、その分リアルに寄ったこの世界観の中での人と人とのつながりは、とても愛おしいものに思えます。そのリアリティに説得力を与えているのは、生活感があふれまくる雪さんの家などのロケーションもですが、芦田愛菜・宮本信子という2人の女優の演技力でしょう。
2022年に見た映画で一番人におすすめしたいのは、この「メタモルフォーゼの縁側」かもしれません。

2022年の映画、もうちょい続きます。

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