ゴジラについて その4(レジェンダリー版ゴジラ編)

ようやく今回のレジェンダリー版ゴジラについて書きます。
公開中の映画のネタバレになるので要注意。

良かった点はいくらでもある。

まず何と言っても映像が素晴らしかった。こういうのを見たかったんだ!というカッチョ良い映像をバンバン見せてくれた。
立入禁止区域となった発電所跡地近辺の廃墟美。(これは「ゴジラ×メガギラス」の渋谷水没シーンを見た時の感覚に近い)
人間による攻撃を避けようともしないし、もちろんほとんど効きもしないという実にゴジラらしい強さ。
霧の中からゆっくりと見えるパラシュート→ビルに突っ込む戦闘機→明らかに異常な『巨大な何かによってぶん投げられた』としか言い様のない軌道で次々と海にぶち込まれる戦闘機。
ゴジラの尻尾の先から徐々に背中、頭の方へと発光していき、タメてタメてタメきったところで発射される放射火炎。光線、熱線ではない。あれは火炎だ。更に尻尾の一撃でとどめを刺す。
ダメ押しとばかりにもう一体のムートーを引っつかんで真下に撃ち下ろす放射火炎。あー、死んだ。こいつどう考えても死んだわというのがものすごくわかりやすい。

新しい敵怪獣を新規で作ったのも良いと思う。
ゴジラ単体で描くと、前回のエメリッヒ版ゴジラみたいな貧弱なゴジラになるか、収集がつかなくなるかのどちらかだ。
ゴジラが人間の理解の範疇を超えた「神」のような存在であるのに対して、ムートーはずいぶんと生物的。メシを食い(放射線だけど)、オスメスがいて、巣作りをし、卵を産む。
それをゴジラが倒していく様は爽快だった。これはやっぱり怪獣対決モノの映画じゃなければ楽しめない。

音楽は伊福部昭リスペクトというのがよく分かる重厚感。
オープニングのタイトルが出るところや、先ほど挙げたパラシュートのシーンなど、あえて音楽をかけずに静かな雰囲気から盛り上げていくのも非常に良い。

このように、良かったところはものすごく沢山ある。
あるのだが。
なんだろう、なんで俺はこの映画をそんなに好きになれなかったんだろう。

・邦画ではなくハリウッド製だからでは?
→違う。邦画のゴジラでも嫌いなもんは嫌いだし、そもそもゴジラが出てくる映画の中で俺が一番好きなのは「マーズ・アタック!」だ。

・ゴジラの見た目が気に入らない?
→そうでもない。スチール写真では不格好だと思っていたけど、映画中では頼もしくこそあれ、格好悪いという感じはまったくなかった。
何よりあの形状だからこそ、背ビレの発光シーンはものすごく映えていた。

・新怪獣が気に食わなかった?
→これはある。ムートーは怪獣としての魅力があまりにも乏しい。映画館でのキャラグッズ販売でもムートーグッズがないどころか、映画には出てこない初代ゴジラまで駆り出されてボールペンの頭を飾っているという有り様。
♂ムートーがギャオス(もしくは「ゴジラFINAL WARS」版のラドン)似だろうとまあ、いい。
卵産むのは前のハリウッド版ゴジラやギャオスやレギオンもやってるが、それも生物っぽさ出すのには必要だし、増殖するということで恐怖感を煽るのは当然のことだ。
……てか、ビオランテ以降、新怪獣で成功した例なんて「ガメラ2」のレギオンくらいしかいないんじゃ。

  • 既存の怪獣:キングギドラ、モスラ、ラドン、バラゴン、「FINAL WARS」出演のみなさん(多いので省略)
  • 既存怪獣の亜種:メカキングギドラ、バトラ、スーパーメカゴジラ、機龍、千年竜王、カイザーギドラ、イリス
  • 影が薄い:デストロイア
  • お前誰?:オルガ(ミレニアン)、スペースゴジラ

「ゴジラ×メガギラス」のメガギラスはかろうじて新怪獣かつ、タイトルにも名前が出ているが、これも後に亜種が出てくるほどのキャラクター性を持っているとは言い難い。「空の大怪獣ラドン」(1956)の前座こと、メガヌロンが成長していたら、というifの世界の怪獣でもあるし。

・微妙に間違った日本感がイヤとか
→あんなもんでしょう、海外からの日本感。富士山に木造家屋出さないと日本って分かんない気がするし。
「ジャンジラ」って地名は、架空の地名を出さなきゃいけないにしても良くわからないけど。

・ハリウッド的な親子愛重視なストーリーが嫌い?
→ちょっとある。主人公の親父・主人公・主人公の息子、ハワイの電車内で親とはぐれた子供、芹沢博士の時計などの要素と、ムートーの繁殖をからめて描こうとしているように思えるが、中途半端のような。

・「ゴジラのテーマ」や「怪獣大戦争マーチ」などの伊福部昭の曲が流れなかった
→むしろ流れたら興醒めです。(サム・ライミ版「スパイダーマン」のエンディングで「スパイダーマンのテーマ」が流れたみたいに、さらっと使ってくれたらイキだな、とは思うけど)

・いわゆるスーパー兵器の類が出てこなかった不満
→リアルに描こうとしてるんだから、そういう物は出てこなくていいです。メーサー砲もスーパーX2も大好きですけどね。

・人類、完全に役立たず
→これはある。大いにある。怪獣同士が戦う中で、人間側は右往左往してるだけで、自業自得どころか足引っぱってるだけってところが歯がゆい。
俺が好きな怪獣映画は「ゴジラvsビオランテ」「ガメラ2 レギオン襲来」「ゴジラFINAL WARS」などが挙げられるんだけど、共通してるのは、怪獣同士の戦いに人間が必ず噛んでるところなんだよ。
「ガメラ2」は特に顕著。ガメラだけでも、人間だけでも、レギオンに勝つ事はできなかった。本当にあのストーリーは緻密に作られてると思う。
神格化されてる感のある初代「ゴジラ」だって、照明弾によって一度はゴジラを誘導して海に帰すのに成功しているし、決着をつけたのは芹沢博士のオキシジェン・デストロイヤーだ。
対して今回の「ゴジラ」、ムートー育てちゃいました→核弾頭でおびき寄せて一石三鳥しましょう→時限装置で爆発させて倒しましょう→核弾頭奪われました→時限装置止めなきゃいけないから決死の覚悟でダイブ→止められないから船に乗せてできるだけ街から離れます。
完全に役立たずじゃないですかこれ。
唯一役に立ったのはムートーの卵を破壊して繁殖を食い止めるするところなんだけど、これは「自分らでしかけた時限装置を止めに行く」という恐ろしく後ろ向きな任務の途中でフォードが独断でやったことだし。(それ言ったら「ガメラ2」の飛翔レギオン誘導も帯津が独断でやったことだが)

・芹沢博士、何やってんの
→上の項目の続きになる。
状況に振り回されてるフォードや状況を悪化させているステンツ提督(アメリカ軍)といった主要人物の中で、唯一冷静に状況把握に努める芹沢博士は人間側の良心といえる。
その良心の言動が人間側の行動として何一つ反映されてないのが悲しいところなんだけど。

・ゴジラが善玉なのか悪玉なのかハッキリしてないところ
→ハッキリしないように描いているので当然。
悪いのは宣伝用のコピー。「世界が終わる、ゴジラが目覚める」とか言ってゴジラが完全に悪モン扱いで、「なるほど、この映画はゴジラと人間のガチバトルなんだな」と思わせといてそりゃねえよ。
人間側の脅威になってるのはムートーだし、ゴジラはそれを成敗して海に帰ってっちゃうんだから。

・んじゃ結局何が一番気に食わなかったの?
→ゴジラが人間を相手にしてくれないこと。
初代のゴジラは全力で大戸島と東京を「襲ってくれた」。
逆襲ゴジラは人間の操る戦闘機によって氷山に生き埋めにされることに対して「抗ってくれた」。
vsビオランテのゴジラは自分に仇なす権堂を、vsキングギドラのゴジラはゴジラザウルスに思いを馳せる人間を直接「殺してくれた」。
ゴジラ2000のゴジラは東京を「火の海にしてくれた」。
vsメカゴジラや機龍は言わずもがな。ガチバトルだ。
あの悪名高いエメリッヒ版ゴジラにしても、あれだけ人間の相手をしてくれたわけで。

だが、レジェンダリー版ゴジラは人間にまるで興味が無いようだ。
ゴジラが人間を相手にしていないのと同時に、人間もゴジラに対して何もできない。攻撃はほぼノーダメージ。リードオンリー。見ていることしかできない。完全なディスコミュニケーション。
人間がまるで手出しのできないゴジラ。それは確かにゴジラを人間より更に高次の存在にする、という目的を達成している。「神」のような存在だ。

それが寂しい。俺はもっと、ゴジラに構ってほしかった。人間を見てほしかった。
「愛の対義語は憎しみではなく無関心」というマザー・テレサの言葉がある。この映画について考えて考えて、そこに行き着いた。ゴジラが人間に対して無関心であることが、こんなに辛いことだとは思わなかった。

すでにこのゴジラは次回作が決定している。モスラ、キングギドラ、ラドンの登場が決まっているらしい。
次回のゴジラは少しは人間に興味を持ってくれるだろうか。それとも、人間を完全に無視して怪獣バトルに明け暮れてしまうのだろうか。
期待と心配、半々のまま公開を待ちたい。

蛇足)あとはまあ、二時間以上ある映画がずっと真面目な内容で疲れたってのがあるかもしんない。アメリカンジョーク飛ばすキャラの一人もいればいいのになあ。
……「スター・ウォーズ エピソード1」のアイツとか「フィフス・エレメント」のソイツみたいな事になったら目も当てられないからやっぱいなくていいや。


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